大判例

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東京地方裁判所八王子支部 昭和48年(ワ)305号 判決

原告

佐藤宗雄

被告

水野賢智

ほか一名

主文

被告らは、連帯して原告に対し金一四七三、二四六万円および内金一、三三九、三一五円について昭和四五年八月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は、被告らの連帯負担とする。

この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一原告の求める裁判

被告らは各自原告に対し金五四〇万六、七三七円及び内金四九一万六、七三七円に対する昭和四五年八月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

右判決に対する仮執行の宣言。

第二被告の求める裁判

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

第三原告の主張

(一)(事故の発生)

原告(昭和四年三月一〇日生)は次の交通事故によつて負傷した。

(1)  日時 昭和四五年八月一日午後一一時四〇分頃

(2)  場所 東京都国分寺市本多一丁目五番地路上

(3)  加害車 普通乗用車(多摩五そ八八三二)

右運転者 被告 水野一紀

右所有者 被告 水野賢智

(4)  被害者 原告 佐藤宗雄

(5)  事故態様 被告水野一紀はスピードを出し過ぎかつ脇見のまゝ運転を継続し道路右側を歩いていた原告に気付かず、同人に背後から衝突し、同所に転倒させた。

(6)  傷害の程度、態様 左膝及び左下腿複雑骨折

(二)(責任原因)

被告水野賢智は、水野一紀(大学在学中)の父であり、かつ加害車の所有者であるから自賠法第三条の運行供用者、また被告水野一紀は前方不注視及びスピード違反などの過失によつて、民法第七〇九条によりいずれも原告の後記損害を賠償すべき義務がある。

(三)  損害

一  後遺症にもとづく逸失利益 金五一三万六、七三七円

原告は、事故当時、三井建設株式会社東京建築支店に勤務していたものであるが、本件事故の結果、昭和四五年八月一日以降昭和四六年三月二七日までの間、桜堤病院(小平市学園西町一一八五)に入院しその後も同所に通院治療をつづけたが完治せず、昭和四八年二月一七日、左下腿の変形、左膝関節の機能障害、左下腿の短縮の後遺症(自賠法後遺症一〇級)を留め、症状が固定した。そこで、原告の右症状が固定した年の前年(昭和四七年度)の収入金二〇六万五四五円を基準に三井建設の定年までの稼動年数一二年間について労働者失率二七パーセントを乗じて喪失利益を計算すると、金五一二万六、七三七円と算定する。

また、仮に右主張が理由ないとしても原告は、右後遺症のため多大な精神的苦痛をこうむつたので、これに対し右同額の慰謝料の請求を行い得るところであるので予備的に右同額の慰謝料支払を請求する。

二  後遺症の慰謝料

原告は本件事故の結果、八カ月にわたり入院を余儀なくされ、職場にあつては満一カ年間欠勤せざるを得ず、給与、賞与、及び今後の昇給昇格に不利益をうけ多大な損害を蒙つた。加えて前述のように左下肢が右下肢に較べて四センチメートルも短縮し、生涯跛行を強いられ、そのために職場での業務に制約も多く、蒙つた肉体的精神的苦痛は計りしれないものがある。

右後遺症の慰謝料としては、少くとも金八〇万円が相当である。

三  弁護士費用 金四九万円

被告は昭和四七年二月二七日原告との示談交渉にさいして、すでに原告の後遺症が予想されたことから、入通院期間の各補償とは別に、再手術、後遺障害の補償について後日話し合う旨の契約をしたにもかかわらず、被告賢智が契約にかかる任意保険の保険会社同和火災に、事件処理を一任し、同会社は、自賠責保険の後遺症補償金金一〇一万によつて弁済ずみである旨抗弁して譲らない。よつて、原告は、原告訴訟代理人三名に対し本件訴訟を依頼し手数料として、本訴による認容額の一〇パーセントを支払う旨約束した。よつて、これもまた原告の蒙つた損害である。

四  損益相殺

原告は自賠責保険にもとづく後遺症補償(一〇級七号)として金一〇一万円を受領したので前項一の損害に充当する。

五  むすび

よつて、原告は、被告両名に対し右後遺症にもとずく損害金五四〇万六、七三七円及び内金四九一万六七三七円に対する昭和四五年八月一日(本件不法行為時)から支払ずみに至るまで、年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ次第である。

第四被告の答弁および主張

請求の原因に対する答弁

一  第一項中(1)乃至(4)は認める。(6)は不知。(5)のうちスピードの出しすぎ、脇見、背後から衝突との点は否認、その余は認める。

二  第二項中運行供用の事実は認める。過失は否認、責任は争う。

三  第三項は不知。

四  第四項は認める。

被告の主張

原告主張の後遺症が事実としても、原告には現に何らの損害もない。即ち、原告は逸失利益を主張するが、原告は既に復職し従前に勝る収入をあげており何ら損害は存しない。蓋し原告の事故の前年昭和四四年の年間収入は金一、一五四、八一六円であつたのに昭和四七年の年間収入は原告の主張によれば金二、〇六〇、五四五円であるから合ら損害はない。原告の労働能力喪失による計算は単なる机上の計算にすぎず実損害を示すものではない。又慰謝料については強制保険金受領をもつててんほされている。

第五証拠〔略〕

理由

一  原告が、昭和四五年八月一日午後一一時四〇分頃、東京都国分寺市本多一丁目五番地先道路上の右側を歩いていたところ被告水野賢智所有の乗用車を運転する被告水野一紀運転の普通乗用車(多摩五そ八八三二号)と衝突し、左膝および左下腿複雑骨折等の傷害を負つたこと。以上の各事実は、当事者間に争いない。

二  ところで、右事故の加害車両が被告水野賢智の所有するものであることおよび右被告がこれを運行供用していることはいずれも当事者間に争いがない。

〔証拠略〕に徴すれば本件事故は、被告水野一紀が前示加害車両を運転中前示路上で、タクシーを拾おうとしていた原告の姿に気づかず慢然加害車を運転し、適切な安全措置を講じなかつたため、原告に衝突したものであることが一応認められる。

そうだとすると、被告水野一紀は、過失により本件事故を発生させたものとして、民法第七〇九条の不法行為責任を、また、被告水野賢智は加害車の保有者として自賠法第三条の運行供用者として、供用者責任を、それぞれ負損するもので原告について生じた損害についてはこれを賠償する責任を負うべきものである。

三  そこで、原告に生じた損害の点について検討するに、〔証拠略〕を総合すれば、原告は、前示加害車両との衝突のため、左膝関節、下腿開放骨折左胸部打撲等の傷害を負い、同日、直ちに小平市内の桜堤病院に収容され同日以降昭和四六年三月二七日までの間および昭和四八年一月二二日以降同月三〇日までの間入院治療を受けたほか、第一回目の退院日の翌日である昭和四六年三月二八日以降第二回目の入院日の前日である昭和四八年一月二一日までの間二九九日間の期間にわたつて通院(但し、昭和四七年三月以降昭和四八年一月までの通院日数三日、それ以外の実通院日数は不明)治療を受け、その間、五回にわたる手術を受けたものの、昭和四八年二月一七日いわゆる自賠法施行令による十級の認定を受けた左右の下肢長差四センチ、左下肢内反変型、長時間歩行の場合の左足関節、膝関部疼痛等の症状を残して、その負傷が固定したこと、原告は、事故当時、訴外三井建設株式会社東京支店の乗用自動車運転手であつたが、右事故による負傷のため、昭和四六年八月まで会社を欠勤し、その後一応復職し、現在はライトバンの運転手として支障なく勤務していること、原告の右訴外会社における昭和四五、四六、四七年における各収入金額は、それぞれ一、一八七、〇八六円、一、一五四、八一六円、八三七、六二八円であること、また、原告は、右訴外会社において、前示負傷入院等による欠勤のため、昭和四六年度昇給で五〇〇円、昭和四七年度昇給で七〇〇円の不利益をこうむり、現在も右不利益は回復せず、その不利益は五五才の定年まで一応継続する見込であること、原告は、従来乗用自動車の運転手をしていた間においては、毎月約八、〇〇〇円位の額のチツプ等の収入を得ていたが、前記復職後はライトバンの運転を担当することとなつたため、昭和四六年九月以降は、この種の収入を失つていること。さしあたつて、右後遺症を理由に原告が失職する等事情はないこと、以上の各事実が認められる。そこで、右認定の事実関係を前提に、原告のいわゆる逸失利益の主張について検討するに、なるほど原告は、本件事故のため負傷し入院した事実は認められるが、前示「昇給おくれ」「チツプ収入等の喪失」の点を別として、同人がこれによりその収入を現実に失つた事実は認められない。

しかして、右いわゆる「昇給おくれ」による損失の点は、昭和四六年度分で毎月金五〇〇円、昭和四七年分で毎月金七〇〇円というものでこれを、それぞれ年間換算すると六、〇〇〇円および八、四〇〇円となり、その継続期間は、それぞれ定年までの一五年間および一四年間であることが認められる。したがつて右金額について年五分の割合による中間利息を控除すると、その現在額は、それぞれ金六五、八八〇円金八七、四三五円となる。

しかしながら、いわゆるチツプ等の収入については、前示昭和四五年本件事故による受傷後復職までの約一二ケ月間の合計金九六、〇〇〇円を除いて、それが将来も継続かつ安定した収入として確保できるものとは認め難いので、これについて、逸失利益の損失の発生を肯認できない。

ところで、原告は、前示のとおり自賠法施行令による一〇の認定を受けたことを根拠に同令による労働喪失率二七パーセントが同人の収入利益についての損失率である旨主張する。そして、当裁判所も、右喪失率が類型的にみて一応の基準たることを否定しない。しかし、本件においては前示認定の後遺症の内容、現在の原告本人の就労状況からして、他に特段の事情について主張、立証がない以上、同人について、直ちに現実に右同率の労働能力の喪失があるものと推定することは経験則上困難というべきであり、しかるのみならず、仮に右の比率で同人について労働能力の喪失ありとしても、本件については前示の事実関係からして、右喪失率をもつて直ちに同人の現実の収入の喪失率と推定すべきまでの事情はうかがわれないし、これがさらに十数年にわたつて継続するとの事実についても、その証明は、十分でない。結局、右の点において原告の本訴利益逸失の主張はその一部について理由がなく排斥を免れないところである。

四  しかしながら前示認定の事実関係にてらせば、原告は本件事故に伴う負傷等により多大の精神的苦痛を受けたことは優に肯認できるというべきであるところ、右各認定の本件事故に際しての被告水野一紀の過失の態様、原告の負傷程度、治療期間、治療経過、現存する後遺症の程度およびこれが就労に及ぼす影響、原告が訴外会社で受けた処遇上の不利益の程度等を総合勘案するとその苦痛の慰謝のため、被告らに対し原告のため慰謝料として金二一〇万円を支払わしめるのが相当と考えられる。

ところで、被告らが、原告に対し本件事故にともなう賠償として自賠法の保険給付の形で既に一〇一万円を支払つた事実については、当事者間に争いがない。そうだとすれば被告らは、連帯して原告に対し前示六五、八八〇円、八七、四三五円、九六、〇〇〇円、二、一〇〇、〇〇〇円の合計金二、三四九、三一五円のうち残余金一、三三九、三一五円の支払義務あるものと解されるところ、〔証拠略〕に徴すれば、被告らがその円満な支払を肯じないため原告は、やむを得ず本訴訴訟代理人にその取立訴訟を依頼し、認容額のほぼ一〇パーセント金一三三、九三一円を報酬として本訴勝訴後支払う旨約し、結局本件事故により金一三三、九三一円の損害をこうむつた結果になることが認められる。

五  してみれば、原告の本訴請求は右各金額の合計一、四七三、二四六円の支払を求める範囲で理由があるというべきである。よつて、その範囲でこれを認容し、その余は理由がないものとしてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、九二条但書、第九三条、仮執行の宣言について第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 鬼頭史郎)

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